ポケモンGOを何年も続けてきた私たちは、いつのまにか「ナイアン」という名前と、独特な運営スタイルに慣れきっていました。
バグが多くて、イベントがズレてて、対応が遅くて、なんでやねんと突っ込みながらも、なぜか憎めなかった。
それがナイアンでした。
そして2025年、ついにそのナイアンがポケモンGOを手放すと発表されました。
いざ別れが来てみると、あの不器用な運営すらちょっと恋しくなってくる。
今回は「泣き芸風」で、ナイアンとの日々を振り返ってみたいと思います。
イベントがズレてる、それがナイアンだった

開始時間にログインしても、始まってなかった日
「11時スタート」のはずが11時5分でも変化なし。あれ…?おかしいな?
Twitterで「まだ湧いてない」と確認し、みんなで「ナイアンだからしゃーない」と笑いながら待ったあの時間。
あの5分、今思えばちょっと懐かしい空気だったのかもしれません。
イベント対象のはずが、違うポケモンが出てる謎
コミュデイなのに、なぜかニャルマーばっかり出てた時間帯。
湧き調整ミスか何か分からないけど、ユーザー側はすぐ察して「ナイアンやらかしたな」と冷静に対応。
イベントが本格的に始まるまで雑談で時間を潰すのも、もはや慣習のようでした。
イベント中止→補填→補填のお詫び補填
イベントが不具合で中止になり、後日補填イベントが開催され、それがまた不具合で再補填。
どこまでが本番なのか分からない中でも、「ま、ナイアンだし」と許してしまう不思議な関係性がありました。
運営の迷走にモヤモヤしてきた人は、こちらの記事もあわせて読むと重なって見えてきます
👉 「ナイアン時代を懐かしむ会|ポケGO古参トレーナーの本音トーク」
バグはあった、でもそれが日常になってた

捕獲画面フリーズが頻発しても、いちいち驚かなくなった
ポケモンGOには、プレイ中の不具合がつきものでした。ボールを投げた瞬間に止まる画面、捕まえたのに逃げてた表示、フリーズして強制終了。
最初は怒ってたけど、気づけば「今日は3回しか止まらなかったから調子いい」とか言ってる自分がいました。
ロケット団のセリフが消えるバグ、ちょっと面白かった
リーダー戦のセリフが急に空白になって、何も言わずに殴りかかってくるサカキ。
その無言の圧、逆に怖いんですけど。でも「テキスト表示バグってるのナイアンぽくて草」と、みんな笑って流してました。
アップデートしたら別のところが壊れる謎
バグ修正のためのアップデートで、関係ない機能が壊れるおなじみの流れ。
誰もが「あ〜そっち壊れたか〜」と予想していて、まるで家電のクセを知ってる家族のような接し方でした。それでも起動して、歩いて、投げてたんです。
調整不足に感じるポイントを現場プレイヤーの目線で捉え直すならこちら
👉 フィールドリサーチ、昔よりワクワク感がなくなった気がする説
プレイヤーとの温度差すら、逆に愛されてた

要望に対する対応の斜め上感
「交換距離伸ばしてほしい」「相棒の仕様変えて」といったプレイヤーの声が届いてるのか分からないまま、突然「新機能:おひろめ」をぶっこんできたりするのがナイアン。
思わず「誰がそれ求めたんだよ」ってツッコミつつ、毎回どこかで笑えてしまってました。
公式告知が回りくどくて分かりづらい問題
公式ブログの文章がふんわりしすぎてて、「え、つまりどういうこと?」と何度も読み返す日々。
結局、英語版かTwitter民のまとめを見るのが一番早かった。
でもあの説明不足も「ナイアンらしさ」だったように思えてしまうのが不思議です。
不器用な運営でも、どこか信じてた気持ち
イベントは雑でも、どこか人の手で運営してるような空気感がありました。
AIや自動設計とは違う、手作業っぽい雑さというか、機械っぽくない温度感。
あれがあったから、なんだかんだ離れずに続けてこられたのかもしれません。
運営が用意する仕掛けが逆にプレイの負担になっていると感じる人へ
ナイアンらしい仕様、今はちょっと恋しいかも

通信が不安定でも何とかなる、妙な希望感
道の途中で通信が切れても、アプリを落として再起動して戻って…それでもちゃんと復帰できる瞬間がありました。
それを信じて、毎回「まだ間に合う!」と叫びながら復帰するのが恒例行事。
いつしかそれが「あるあるネタ」になっていました。
あいまいな仕様もふんいきで受け入れてた
ボール判定やゲージのたまり方、明確じゃない部分が多くてモヤモヤすることもあったけど、「まあそういうゲームだし」と自分を納得させる謎の技術が育っていた気がします。
そのあいまいさすら、プレイヤーの想像力に委ねていたのかもしれません。
ちょっと不便があったから面白かった部分もある
便利すぎると飽きる。ちょっと不便だからこそ、工夫の余地があった。
そう思うと、ナイアンのポケGOはちょうどよく不完全なゲームだったのかもしれません。
攻略サイトもTwitterも、ユーザーの補完でできてた部分が大きかった気がします。
システム側の不透明さに不満を覚えるなら、この切り口も近いテーマです
👉 シャドウポケモン、個体値は操作されてる説|ガチ勢ほど感じる謎の偏り
そして今、私たちは次のページをめくる

Scopely運営に不安はある、でもちょっと期待もしてる
これからポケモンGOを運営していくのは、ナイアンじゃなくてScopely。
どう変わるのか、変わらないのか、まだ誰にも分かりません。
でも、ナイアンが残してくれた「歩いて出会うゲーム」という形が続く限り、前を向ける気がしています。
どんな運営でも、自分の遊び方は選べる
ガチ勢も、ゆる勢も、イベント勢も、ぼっちプレイ勢も。
いろんな楽しみ方があったからこそ、これまで8年続いてきたんだと思います。
運営が変わっても、自分のスタイルだけは守っていけるはずです。
ナイアン、おつかれさまでした
たくさんツッコんだけど、たくさん楽しませてもらいました。
無償で配られたギフト、奇跡の色違い、仲間とのレイド、旅先でのポケストップ。
全部、ナイアンのゲームの中で生まれた思い出です。ほんとうに、ありがとう。そして、さようなら。
長く遊んでいるからこそ感じる“疲れ”の部分を知りたい人はこちらもおすすめ
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まとめ|さようならの先にも、ポケGOの世界は続いていく

ナイアンとの別れは、少しさみしくて、ちょっとホッとして、でもやっぱり泣ける。
あの雑な運営も、よく分からない仕様も、全部ふくめて「ポケモンGOらしさ」だったのかもしれません。
でも、私たちがポケモンGOを続けてきた理由は、きっとナイアンという名前じゃなくて、毎日の道ばたにポケモンがいること
いつもの場所に誰かがギフトを送ってくれること。ふと立ち止まってスマホを開いたとき、そこに新しい発見があること。
そういう、小さな出会いや気持ちが積み重なってきたからじゃないでしょうか。
ナイアンはいなくなっても、ポケGOは続きます。そして、私たちもきっと、変わらずこの世界を歩き続けていくんだと思います。
ありがとうナイアン。ほんとうに、おつかれさまでした。

